出会うべき人と出会う就職情報メディア

悩みながら養った、理想と現実の双方を見る力

経歴

中野 聖二郎
1983年生まれ。奈良県大和高田市出身。父が創業したイベントレンタル・会場設営などを手掛ける株式会社イベント21に入社。以後10年で会社が急成長、短期間で飛躍的に成長した企業として講演に招かれたりする中で株式会社ステップ前代表から相談を受け、M&Aを締結。2018年7月にステップの代表取締役に就任。

事業内容

主に日本国内の宝飾展示会にてショーケースなどの宝飾関連催事用品や、平台・ワゴン等の一般陳列什器のレンタルや販売を取り扱う。また、照明の設置など催事会場の設営等も行っている。営業・配送・商品管理・総務といった納品から回収までの流れをトータルで引き受け、その対応エリアは全国規模。

コミュニケーションから始まる「you happy,we happy!」

─仕事では第一にお客さんに喜んでもらうことを重視している中野さん。その為にきちんとコミュニケーションを取り、宝飾展で顧客企業がエンドユーザーに持ってもらいたい希望の印象を創り上げることを非常に大切にしていると語ります。

中野:やっぱり喜んでもらえるようにってところが大事ですからね。それが私の励みにもなりますし。また、我々の経営理念が「you happy,we happy!」というものなんですね。これにはお客様、我々会社従業員、そして周りの地域や、世の中全体まで丸ごと良くするような会社にしていきたいという思いを込めていて、常にその実践を意識しています。

─最近代表に就任したということもあり、まだまだ勉強中だと語る中野さん。しかし、それを感じさせない意気込みと将来へのビジョンがあるようです。

中野:今までステップが長年培ってきた社風もですが、自分がこの会社に入ることで宝飾業界の保守的な文化の中に新たなテイストを入れて変えていきたいです。その為には、この業界には多くない若い世代の力もガンガン取り入れたいですね。

ぼんやりした不安、やっと見えた将来像。そして訪れた転機。

─株式会社ステップの代表になるまで、父が経営するイベントレンタル・会場設営会社「イベント21」に務めていた中野さん。ある転機を迎えるまでは現状に満たされず、「自分は何の為に生きてるんだろう」と自問し続ける日々を送っていました。

中野:当時の自分はただ生きてるだけというか。普通に稼いではいたんですけれど、それは自分の為になるだけで、世の中の人は誰も喜ばないし。いつまでそういう生き方が続くのかわからず、不安しかなくて。それで色々と考えた結果、平たく言えば「ビッグになりたい」と思ったんです。世の中に対してより良い影響を与えられる人になりたいと。


─そう思った矢先に、社長である父の癌が発覚します。父は中野さんとその兄に会社を継いでほしかったそうですが、本人達はあまり気乗りしなかったそうです。

中野:両親が朝から晩まで働いても儲からず、しょっちゅう家計も火の車になって喧嘩するみたいな光景を私らは子供のころからずっと見てきてましたし、「こんな潰れかけの会社の社長やっても何もええことないわ」としか思わなかったんですよね。しかも、当時イベント21がやっていた仕事ってトンネルの貫通式とか、そういう地味な仕事だったので。


─しかし父の思いを無下には出来ず、兄がイベント21を継ぐことになります。その時に世界中、ヒッチハイクをして回っていた兄は、自身のニューヨークに住むという夢と父の想いの両方を叶えることを決意したそうです。


中野:兄も会社を継ぐことによって自分の夢を諦めたわけではなく、最終的に「会社を大きくして、ニューヨークに支店出したらええやん」って考えに行きつきました。私も、父と兄の両方の夢を叶えられるようにしたかった。ステップの経営理念「you happy,we happy!」の原点はここなんです。どちらかを選んでどちらかを諦めるという判断ではなく、全部諦めないでいい新たな考えを生み出す第3の方法でハッピーになる方法で行こうと。


─新体制でスタートしたイベント21は、大きく変わっていきます。それまでローカル規模だった事業も全国展開に踏み切り、社員も100人を越えました。そんな急成長ぶりは他社から注目を浴び、各所に呼ばれて講演を行うようになります。その中で講演を聞いていた人の中に現在代表を務めることになる株式会社ステップの前代表の姿もありました。

中野:当時のステップは社員の高齢化や後継者問題、売り上げの伸び悩みなど色々と問題を抱えて行き詰っている状態でした。そこで、是非買い取って子会社にし、若い力で会社を伸ばしていってほしいという話を貰って、それに伴って私が社長になったんです。新しいテイストを入れて、現状に風穴を空けたいという意図だったみたいです。

─しかし転職後は慣れないことの連続であり、加えて「社長」という肩書はとても重いものだったのです。

「このまま染まって良いのか?」

中野:初めの頃は「前の社長さんみたいに出来ないとなあ」と思うようになっていました。周りの社員の方が自分より年齢も高ければ知識も豊富で、そういう人達の上で「社長」としてやっていくことを思うと、気負うものは大きかったです。


─変革を期待されて入ったはずが、少しずつ現状維持に意識が傾くようになっていった中野さん。しかし、そのうちに「自分はステップを立て直しに来たんだ」ということを改めて確認するようになります。


中野:自分が信じていく方向性に進んだ方が面白いなって。元来のステップの空気に染まりそうになった時もあったんですけれど、それに気付いた時にやっぱりそうじゃないなと。


─改めてステップを変えていく決意を固めた中野さん。その時に役立ったのは、イベント21時代に足を運んでいた勉強会でした。


中野:勉強会といっても京セラの稲森和夫社長が主催している経営者向けの集まりなんですけれど、そこで使った本でステップでも勉強会を行ったりしました。「学びと成長」というスタンスを会社として持ちたかったんです。


─ただ賃金を得る為に仕事をするのではなく、人間として成長することや、人生を良くする為の糧を得られる。中野さんが作っていきたいのは、そういった職場なのだそうです。


―勉強会での学びが、最も辛かった時期の中野さんに突破口を与えてくれたこともありました。ある程度社員が増えたころ、社長と社員の板挟み状態になってしまった頃のことです。

中野:稲盛さんの本に「経営問答」っていうコーナーがあるんですね。そこで、悩みを抱えた経営者の相談に「何か上手くいってないというのは、あなた自身に問題があるんじゃないですか」と稲盛さんが答えていたんです。それを読んで「保身ばかりに気を取られて、社員やまわりの為に何かしたりすることができていなかった」と気付いたんです。誰かの為を思って真心で行動する「利他」の精神が欠けていたことを実感しました。


─それ以降「利他」の精神は今も尚、一本の軸として中野さんを支えています。周囲の存在を大事にし、周りのことを考えることが、結果的に一番良い状態に繋がっていくのだと常に考えているそうです。

挫折した過去、未来への想像力。異なる二つが動力源。

─イベント21でもステップでも、逆境を常にプラスに変えて突き進んできた中野さんですが、昔の自分については「何をやっても中途半端になってしまっていた」と語ります。

中野:学生時代はコンピュータ系の専門学校に通っていました。でもその動機が、オンラインゲームが好きだったからみたいな軽いものだったので、そのうち友達と「一緒に日本一周しよう」とかいって中退しちゃったんですよ。日本一周も四国一周したところで中止してしまって。その後もそんなに上手くはいかず、結構これまで挫折が多い人間だったんです。


─しかし、現在の活躍にはそんな過去を伺わせないエネルギッシュさがあります。その原動力の源はどこにあるのでしょうか。

中野:それこそ、何度も中途半端に辞めてしまってきた経験ですね。それによって「もう次は辞められへんな」っていう意識が強いというか。でも実際、失敗や現実を知る経験は大事なんですよね。成功しようと思ったらそれだけの逆境を乗り越えていかないと、どんな夢でも寝言で終わってしまう。これは昔の私のように何をやっても中途半端になってしまう人に伝えたいことでもあります。


─挫折経験をエネルギーに変えている中野さん。それに加えて「社長としての夢」も自分を支える大きな力になっているそうです。

中野:「俺らは社会に対して凄い事をするんや」とか「将来的に全国に支店出しまくるぞ」とか、実現したらすごく面白いなと思える夢ですね。その上で一つ一つの仕事に対しても、頼まれたものをただやるのではなく、世界を良くする為にやっているんだという意識が根底にあることがモチベーションに繋がっているように思います。


─過去の苦い思いと未来への前向きな意志。その2つが現在の中野さんを、そしてステップを支え前に進めています。


―順調なスタートダッシュは嬉しい反面、反省点も残すものとなりました。

中野:私一人がイベント21とステップを繋いだり、ウェブ事業を展開したりなどで売り上げを出すだけでは「会社を良くした」とは言えないですよね。会社全体で知恵を出し合ったり、行動したりして頑張った結果として業績が上がったり、皆の待遇も良くなったりというのが本当は理想なんです。

この記事を書いた人
SNSでフォローする