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ミュージシャンから学ぶ塾講師⁉凡人こそ奇策を選べ‼

経歴・プロフィール

浅見貴則

1991年4月20日生まれ。進学校を卒業後、一浪を経て東工大へ。在学中に受験ブログを開設→セミナー自主開催を展開したのち起業、博士課程進学。

事業内容

学習塾・自習室事業。授業はなく、質問したい時にいつでも質問が可能。仮眠や談笑ができる空間も用意し、生徒が自由に使える。生徒の一人ひとりと徹底的に対話し教材、勉強法、勉強スケジュールを個人に合わせて構築する。受験はあくまで通過点であることを忘れないよう、勉強でも進路でも、「自分はどうしたいのか」を色々な視点から考えられるような工夫を施し、大学生や社会人を定期的に招き、人生の意思決定の様子をうかがう会を開催している。


今回は埼玉・東京を拠点に今までにない画期的な塾事業を展開する株式会社パラリアの代表取締役社長・浅見貴則さんにお話を伺いました。

既存塾の限界を見る

大学時代、塾でバイトをされている際に「どのような環境が生徒にとって最も良いか」ということに興味が湧いて、今の塾経営の道に……というお話だったと思うのですが、それは既存の塾に課題点が多く見られたということなんでしょうか?

どうしてもシフト時間の中だけでは生徒の質問対応に十分に応えられなくて、結局30分も1時間も越えて教えることが多かったんです。
私はお金が欲しいから、とかではなく高校生のサポートができれば良い!という気持ちで塾のバイトを始めたはずだったのですが、それにも関わらずシフトを越えて教えているとモヤモヤしてしまう自分に気づいて、それがショックで……塾の制度上の縛りのせいで講師側の気持ちが落ちるのは良くないなと思ったりしていました。

他にはありますか?

たとえば私がいた映像系の塾では、基本的に塾が作った教材を使うことになっていたんですね。でも、「今回は市販の参考書の方が良さそうだなぁ」と思ったりすることも多くて。そういう細かい違和感が積み重なっていきました。

師との出会いと講師の原点

塾のバイトを始めた動機の「高校生の力になりたかった」というのは、そもそも自分の浪人経験からということでしたけれど、どういった経緯で浪人を始めて、どういった浪人生活を送ったかという点について伺っても良いですか。

高校はスパルタな進学校だったんですよね。その中で結構上位にいたというのがあって、自分はやればそれなりに出来るというのがベースにあったんです。週7でびっちり勉強して、塾とかでも相当頑張ってて、絶対成績上がるよと言われていたんですけど、現役の時に結果は散々で……その時に自分の底を見たというか、思っていた以上に自分は雑魚いなって思いました。当時はかなり自己評価が下がっていて辛い時期でしたね。

株式会社パラリア浅見

そんなとき、通っていた塾ですごく尖っている数学の先生と会ったんですよね。その人は性格もあまり良くないし、授業中も怒鳴るから生徒からも人気がなくて、校舎長がわざわざ授業の前にやってきて「結構変わっているから、合わないと思ったら言ってください。先生を変えますから」なんてわざわざ言ってきたりしていたんですが……。

それは相当ですね。

でも数学に関してはめちゃくちゃ凄かったんですよね。だから色々質問しに行ったりして、だんだん弟子みたいな感じになっていきました。周りからは煙たがられていた人だったけれど、私の成績はかなり変わったし確実に私の人生を変えてもらいました。当時は塾を経営しようとまでは考えていなかったのですが、大学に入ってから、近いことが仕事としてできたら嬉しいと思っていましたね。「高校生の力になりたかった」というのはそこからです。

浪人時代にその方に出会えたというのは相当大きかったんですね。

そうですね。

起業という選択、過密する毎日。

それで1浪して東工大に入って、在学中に起業のための活動を始めるんですよね?それで、卓球部に入りながら軽音のサークルにも入っていて……月一回ペースぐらいでライブをして……その上バイトもやっていたんですよね。どれかを諦めたりするという選択肢はなかったんですか?

完全にありませんでした。ある程度やることはやった上でそういうことはやるべきだという風に自分は思っているんです。だから休学して会社をつくるとかはダサく感じてしまうし、そもそも休学するのなら起業ぐらいやって当然だよねと思います。みんなと同じことはみんなと同じぐらいやって、さらにプラスで何かしたいというのがポリシーとしてあるんです。

当時、起業する人は周りにいたんですか?

ほとんどいませんでしたが、唯一mixi で知り合った明大生に社長をやっている方がいました。今では大学生が起業をするのも結構当たり前だと思いますが、当時の自分にとってはかなり衝撃だったんです。加えて、学生中に自分で会社をやっていたというのは就活の時にかなり武器になるのでは、という打算もありましたね。

そのための仲間を増やしたりはしたんですか?

あまりしませんでしたね。一応したこともあったんですが、同じ熱量の人も見つかりませんでしたし、そこまで事業の中身がちゃんと出来ていたわけではなかったので。それと、私は「周りが絶対やらないことをやっている」という状況にモチベーションが出るタイプなので、あえて周りに言わないようにしていたというのもあります。

起業の為の活動というのは、具体的になにをしていたんでしょうか?

経営者の方とお会いして、「どうやって会社を立ち上げたんですか?」というような質問をさせていただくところから始めました。当時はそれをやっているだけで自分は周りと違った特別なことをしている感みたいなものがありましたね(笑)

そういった活動もこなしつつ、バイトや学業もやって……というのはスケジュール的にやはりハードだと思うんですが、どうやって時間を工夫していたんですか?

自分の趣味のための時間は基本的に全部削っていましたね。厳密に言えば部活やサークル関連の活動は残していましたが、それ以外はずっと起業関連のことばかりやっていました。

成果ではなく過程がモチベーションに。

その原動力はなんだったんでしょうか?

先ほども少しお話ししましたが、周りと同じことをやっている時はやる気が出ないんですよね。けれど、「まだ誰も気づいてないことを自分が今やっている!」と感じるとすごく楽しめるんです。なので、周りの人が自分と同じ動きをしていないという状況にかなりエネルギーをもらっていました。

小さくても成功体験がある程度積み重ならないと、そういった活動は継続できない気がするんですが……その辺どうでしょうか?

「こうやって努力したらこの成果を得られた!」みたいな経験はそこまでないんですよね。それよりも、努力の過程そのものが自分にとっては充実した特殊な経験だったので、それだけでモチベーションになっていました。

特殊な経験……というと。

これは推奨するわけではないのですが、学部1年の冬に30万円を借りたんですよね。学生ローンなので利率も高くて、正直すごく馬鹿な選択肢なんですが……30万円をその場でポンっと渡されて、それをそのまま受講したセミナーの支払いなんかに使うんです。払い終わった後のやってしまった感がすごかったですね(笑)

30万円が一瞬で……よければその時の気分を聞かせていただきたいです。

最初はめちゃくちゃ緊張していました。授業に行く前に学生ローンに入って、お金を借りて、そのまま全額支払いに使って消えるんですね。一通り終わったあと大学の授業に向かうのですが、冬なのに電車の中では冷や汗ダラダラで……その冷や汗は5分ぐらい掻いたんですけど、大学に着く頃ぐらいに、「一皮むけた内なる自分」が出現したんです。すると緊張や不安がスッと和らいで「元々やろうと思ってたことなんだから何も問題ない」って開き直れました。授業受けるころには完全に冷や汗もおさまっていましたね。

そういった刺激的な体験の1つ1つがモチベーションになって、活動を継続できたということですね。その借金はいつ頃に完済したんですか?

学部3年の時ですね。今まで起業のための活動に使っていた時間を全てバイトに費やして、半年強ぐらいで返しきりました。

継続と偶然の産物

借金を返し終わって、改めて起業の準備に戻った際にブログを始めるんですよね。これは順調だったんでしょうか?

当時は勉強系のブログを書いている人がそこまで多くなかったですし、一浪して東工大というプロフィールも結構プラスになったようで好調でした。特に地方の方に見て頂けた印象です。アクセスも稼げたし、なかなか成功したと思います。1000文字強ほどの記事を1週間で30記事ほど書いたりしていました。

家庭教師の個人契約も引き受けていたということですが、そちらも同時にされていたんですか?

そうですね。ブログがPV を取れるようになってからは、ブログ経由でそういった個人契約の依頼をいただけるようになっていきました。

その頃にはもう、現在のパラリアに通ずるような塾の構想はできていたんでしょうか?

正直まだですね。塾バイトの時に感じていた「本当はもっと教えてあげたいが、シフトを越えて教えるのはモヤモヤする」というような課題は、ブログを使って解決できたんです。自分で書きたいことを書いて、そこへ連絡をしてくる人に教えられるだけ教えるという仕組みはとてもやりがいがありました。学部4年の時は、ブログを書くことが自分の天職だと思っていましたね。

そこで満足してもおかしくないような気がするのですが、その上でブログではない場(パラリア)を創ろうと考えたのは何故なんでしょうか?

「ブログを書くのが自分にとって1番向いている仕事だ」とずっと思っていたんですが、修士1年の頃くらいからそうじゃないのかもしれないと思い始めたんですよね。そのうち冬になって、そろそろ就活するしかないかぁ……と思っていたら、紹介で今の共同創業の先生と会ったんです。
その先生から「春日部で塾をやろうと思っていたんだけど、中身は君に任せるから良かったら一緒にやらないか」という話をいただいて。
リアル空間での塾についての構想は元々あったのですが、それはあくまで頭の中で考えていただけで……偶然それを実現できるチャンスが舞い込んできたんです。

すごい幸運ですね。同時期に博士課程に進んだのはなぜだったんでしょうか?

最初は行くつもりなかったんですよね。けれど、パラリアでは自分が研究していたオフィスレイアウトの知見と学習塾の掛け合わせをするということを決めていたし、塾長がまだ大学で研究しているというのは塾として結構良いかなと思ったんです。そう考えると、博士課程に行った方がメリットが多いのではないかということに気づいて、急遽行くことにしました。

パラリアの初期の環境設計は、浅見さんが博士課程で研究しながら日々更新されていたんですね。

そうですね。それは今でも変わらないです。

研究と勢いの産物

浅見さんはパラリアをどういった場所にしようと考えていたんでしょうか?基本的なコンセプトなどを教えていただきたいです。

オフィスの生産性向上のための施策を塾に転用しようと思っていました。その中で私が特に大事にしたのが「緊張とリラックスの中間」です。
過度な緊張状態はもちろんすごく疲れますし、ただのリラックスだとスタバなどで作業するのと変わらないですよね。なので、緊張とリラックスを中間の絶妙なバランスにしておくのが一番効率が良いというか、負担が少なく作業が続くんじゃないか、というのが私の仮説だったんです。それを実現できるような空間を作っていきました。

パラリア春日部校の内装です。

じゃあパラリアそのものが「浅見さんの研究成果」という部分がかなりあるんですね。

かなりありますね。証明されていないことばかりという感じですが……。

パラリアは東大前校(文京区本郷に所在)もありますよね。どうして2つ目の校舎を設置することになったんでしょうか?

春日部校が完成したとき、以前から繋がっていた方に紹介したところ大変気に入ってくれたんですね。彼は東京大学の人だったんだけど、ぜひ本郷にも作りたいと言ってくれたんですよ。

そうだったんですね。浅見さんとしては、東大前校にどういった期待をされていたんですか?

これは半ば後付けなのですが、運営として関わってくれるような方と多く繋がれるのではないかと考えていました。逆に、春日部ではそういった機会はなかなか巡ってこないのでは、と見ていましたね。東京に拠点を置いて、パラリアに興味を持ってくれそうな大学生や社会人が接触できるような場所は絶対必要と思っていましたから、特に東大のすぐ近くにその場所を設けられたというのはとても良かったと思っています。

ベンチャー志向がある人を集めるのにちょうど良かったんですね。

そうですね。幸いなことに、そこは本当にその通りになっているんです。ただ、そこが根本の理由ではないというか、「春日部だけではだめだ!次にもっとベンチャー志向のある人を入れる必要がある!よしじゃあ本郷に出そう!」とかではなかったです。

ビジョンや構想に関心を持ってくれた方が積極的だったので、作ってみたということですね。

どうなるかはわからないれど、そういう拠点を作ったらリスクはあるけどメリットもあるので、やってしまおう!ということで。

勢いがすごいです。

考えるのは何を学ぶかではなく、どこで学ぶか。

この記事を読んで「自分も在学中に何かやってみたいな」と思った学生に伝えたいことはありますか?

最近の活動的な学生って、「なにかやりたい」と思ったら、正攻法の手段を選びがちな気がするんですよね。メガベンチャーのインターン生になってみたり、有名な方がやっているビジネスプランコンテストに参加してみたりだとか。
もし、もっと周りと差をつけたいとか思うのであれば、ありえないところから学ぶという姿勢が必要だと思います。たとえば、なにかビジネスがやりたい!と思ったなら、一般的なビジネスセミナーではなくて、お金をもらっても教えないような頑固な人になんとか頼みこんで教えてもらったりした方が良いと思います。そうやって学ぶ先を工夫するというところが自分的にすごい大事だと思っているんですよ。

教えてもらったことを教えてもらった人以上に上手くできるだとか、既に結構知名度があって、自分が発信すればそれなりに人が集まるような人なら正攻法のやり方で良いし、リスクもないと思います。でも、凡人の自覚がある人はさっき言ったような工夫をすると良いんじゃないかと思いますね。

自分はその自覚があったので、学生が行きそうなイベントには絶対行かずに、むしろ中高年の方しか集まらないような会に行ったりしていました。なので、個人的にはそういう風に活動するのがお勧めです。あまり正統派じゃない人がいればいるだけ興味をもって、その人から教えてもらいにいくんです。
たとえば私は塾の講師をやっていますが、その時の指導の参考の1つになってるのが「ミュージシャンが音楽をどう教えるか」だったりするんですよね。音楽は受験勉強よりずっと感覚的な部分が多いので、教える難しさが全然違うんです。
今、大学の時にサークルでやっていたドラムをプロのミュージシャンに習っていて、そこで演奏技術だけではなくて教え方そのものも学んで、生徒のサポートに活かそうと思っています。

そうやって差別化していくことでオリジナリティも出てくるんでしょうか?

そう思っています。やる内容で差別化するのは勿論良いのですが、この時代では結構難しいと思っています。今だと、もう何をやろうとしても誰かが先にやってしまっていたり結構するので。でも、同じことをやるにしてもその過程、学び方での差別化は結構できると思うんですよ。

「何を学ぶかじゃなくてその学び方そのもので」ということですね。

美学をもって生きる。

最後に、浅見さんが常に大事にしていることを伺えたらと思うのですが。

「これだったら自分のモチベーションになるな」みたいなのをいくつ発見できるというのが、ゆくゆく行動するときの武器になると思っています。それと少し近いんですが、「どんな自分をかっこいいと思えるか」っていうのを考えるんです。自分的には美学って言い方をするんですが……昔の映画とかに出てくるようなあれです。

ハードボイルドなやつですね。

はい。理屈抜きの「自分はかくありたいんだよ、こうやりたいんだよ」っていう気持ちです。私のモチベーションになっていた「周りがやっていないことがやりたい」というのも、理屈をつけようと思えばできるんです。けれどそれは本当に必要なものではないんです。「こういうやり方で取り組む自分が好き」と思えるのであればそれで良いんです。そういう「美学」を一つでも見つけられたら、すごく動きやすくなるんじゃないでしょうか。

ありがとうございます。僕も見つけていきたいですね……美学。



今の社会はあらゆる情報が氾濫し、いくらでも選択肢に溢れています。にもかかわらず、結局誰もが選ぼうとするのはみんなの評価が高く、人気のある限られた選択肢です。だからこそストレートな正攻法を避け、常に変化球で勝負しようとする浅見さんのような在りかたは貴重であり、同時に何かを為し遂げたい人の目指すべき姿なのかもしれません。

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