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学校から遠く離れて─教育の場はどこにあるのか─

経歴とプロフィール

鈴木将平

静岡県生まれ。一年の浪人生活を経て、東京理科大学理学部数学科に進学。学部生時代に教員免許を取得し実習等も経験するが、現状の学校教育への疑問や自身の教育方針との齟齬を感じ、オルタナティブな教育の場を模索すべく大学院に進む。その後、様々な縁を経て現在は自習塾・パラリア東大前校の教室長、学校教育を外から変えるべく活動する一般社団法人lightfulの理事を務める。

事業内容

学習塾・自習室事業。授業はなく、質問したい時にいつでも質問が可能。仮眠や談笑ができる空間も用意し、生徒が自由に使える。生徒の一人ひとりと徹底的に対話し教材、勉強法、勉強スケジュールを個人に合わせて構築する。受験はあくまで通過点であることを忘れないよう、勉強でも進路でも、「自分はどうしたいのか」を色々な視点から考えられるような工夫を施し、大学生や社会人を定期的に招き、人生の意思決定の様子をうかがう会を開催している。

“教育”への目覚め

現在、鈴木さんは塾講師という形で主に大学受験に臨む学生のサポートをされていますが、ご自身はどのような受験・学生時代を経験されたのでしょうか?

最初は集団予備校に通っていて、結構がむしゃらに勉強していたのですが……大学は全落ちしてしまいました。浪人時代は学習方法を改め、それが功を奏して無事に東京理科大学の理学部に進学できました。その頃から教育に携わりたいという思いはありましたね。

教育学部等ではなかったんですね。

そういった学部に入ると選択肢が限定されてしまうような気がしていて……教員だけを目標に大学へ進むのには不安があったので理学部に進みました。ただ、東京理科大学を選んだのは教員養成が強いという情報を聞いていたからということもありましたね。

ご自身の受験経験や浪人時代に抱えていた思いなどが、現在の在りかたに影響を与えていると感じることはありますか?

それはあまりないですね。今の自分の考え方や姿勢の原点は、学部4年生の時の教育実習にあるんです。それまでは「自分が生徒に何を与えられるか」ばかり考えていたのですが、実習を経てからは「自分が何を得られるか」というところにも重きに置くようになって、今に至ります。

そもそも、鈴木さんが教育に携わりたいと考え始めたのはいつからなんでしょうか?

一番最初は小学校2年生ですね。

!早いですね。

ある時算数のテストが二つ返却されて、僕はそれが両方とも満点だったんですよ。そうしたら担任の先生がクラスの皆に「これを見て見直しをしてね」と言って僕の答案を黒板に貼り付けたんです。それで、手持ち無沙汰になった僕には他のクラスメイトに教えるよう頼んできました。それが多分、僕の「教育」の始まりです。

それがかなり決定的な体験だったんですね。

はい。そのとき多分、初めて「教えること」が楽しいと思ったのかな、という風に思うんです。中学校時代も勉強は得意な方だったから、またそれと同じような機会が結構あって、その時もプラスの感情を抱いていましたね。その頃からだと思いますね。教育に携わりたいと考えだしたのは……。

じゃあ小学校~中学校までは「学校の先生」や「塾講師」というような具体的な職業を目指したいというより、なんとなく教育関係に携わりたいという感じだったんですね。

そうですね。僕はそもそも「教育」がしたい……というより、「人に何かを提供する」ということへの願望があるんだろうと思っていて。だから教育とは全然関係ない、理学療法士への道を考えたこともありました。ただ、それは自分の学力を考えて断念しましたね。もし、当時受験に対する体制がもっと整っていたら、理学療法士を目指していたかもしれません。

そして塾講師へ……なぜ一般的な学校の先生ではなく、現在のような形で教育に関わることに決めたのでしょうか?

学校に勤めたら教科指導の先生になるわけで、僕の場合は数学をずっと教えることになります。 でも、この先何十年も数学だけを教えていくのはちょっと嫌すぎました(笑)。同じものを教え続けるのかよ……みたいな。

絶対飽きるなと(笑)

そうですね。あとやはり、「数学を教えること」自体はそこまで面白くないと思っていて……高校の教員を志望していたときも、生徒のキャリア教育がしたかったんですね。ただ、担任を受け持ったとしても、クラスの生徒全員の進路に本当にちゃんと向き合うのは難しい。それに性格上、少人数に対応する方が僕はかなり得意だというところもあって、学校教員が合わないというのを教育実習を通じて認識したんです。そこから、学校以外の教育現場を模索し始めました。

オルタナティブな教育現場を探して

その模索はどういった形でスタートしたのでしょうか?

まだ将来が決めきれず、モラトリアム期間を伸ばしたいということもあって大学院へ進むところから始まりました。就職説明会に参加してみたり、学校以外の教育……たとえばいろいろ塾を見て回ったり、そういうことをしていましたね。

当時、鈴木さんの他にそういうことをしている方っていたんですか?

僕が知る限りでは皆無でしたね。みんな教員になるとか、そうではない人は普通に就職をする感じで……あと研究のために大学院に進んでいったり。
でも僕としてはむしろ「なんでそんなに進路を速く決められるんだろう?」って思っちゃったくらいで……。

そんな珍しい選択をした当時、ご両親や周囲の友人の反応はどうだったのでしょうか?

親は結構寛容でしたね。将来決めきれないから大学院に行かしてくれ、という内容の電話を母親にしたことを覚えています。そうしたらすんなり反対もなく……って感じでした。でもどうしてあっさり許してくれたんでしょうね?今考えるとわかりません。

院に進む、というと一般的には研究に専念するイメージがありますが、別にそういうことはなかった、ってことですかね……?

そうですね。メインは進路の模索……教育系のイベントに参加したりとか、元教員の方に相談したりしていました。研究室の先生が寛容かつ、忙しい方だったのであまり学生を見る暇がなかったこともあって、フラフラしていても特に咎められることなかったんです。

そういった活動の中で、印象的なできごとがあれば教えてください。

ある時、就職説明会に参加したら自分しかいなかったことがあって。そこで色々進路についての悩み事を聞いてくれたんですね。そうしたら別の方とお話する機会を頂けて、更にその方からもう一人別の方を紹介してくださったんですね。

その方がパラリアの代表と知り合いで、そこから繋げていただけたんです。その就職説明会がなければ多分今の僕はなかったですね。それも色んな出会いのうちの1つですし、数撃ちゃ当たるっていうのは実際重要だよなぁと当時を思い返すと実感します。

そうしてパラリアに参加してもう4、5年も経ちましたが……最初から「ここでずっとやっていこう」という思いがあったんですか?

いや、もしかしたらここで可能性が拓けるかもしれない、という期待はありましたが、そんなに確固たるものではなかったですね。別に確信はなかったけど、少しでも可能性があるなら行くしかないと思ったから行く、という気分でした。

そうなんですね。ところでパラリアに参加してしばらくしてから、院の方を休学されてるんですよね?これはどういう目的の休学だったんですか?

パラリアに関わり始めてしばらくしたころ、代表から新規事業に参加しないかという話をもらったんです。簡単にいえば相性が良い先生と生徒同士のマッチングサービスを作ろうという企画でした。当時M2で、また進路を決めるタイミングでもあったのですが、その新規事業も忙しいし……というところで休学しましたね。

その新規事業は、そのあとどうなっていったんですか?

消えました(笑)。形は残っているんですが、もう動いてはいないですね。当時はそのサービスを通じて、学校とは違うかたちで教育に携われるかなと思っていたんですが……結局上手くはいきませんでした。

そのうえで、現在鈴木さんは当時の選択についてどう振り返っていますか?休学をしたのは正しかったと思われますか。

そうですね……して良かったと思います。どちらにしろ、パラリアについてちゃんと知れた1年間ではあったので。そこでもしパラリアがなかったら結構苦しい休学期間だったかもしれないですが……結果的には良い1年になったと思います。

挫折と反省、自分の甘えに気づく

パラリアで働き始めてから今まで、なにか印象的だったこと……たとえば、あれは苦しかったな、というようなエピソードはありますか?

苦しかった経験でいうと一昨年ですね。自分の教育における方針が間違っていたのではないか、と悩んでしまって。

これまで生徒に対しては寛容で、主体性を重視してとくに強く言ったり咎めたりするということがなかったんですね。でも、その結果生徒たちがいざ受験になったとき、過去問を解いたら過去問を解いたら出来が悪いという経験をして。自分のやり方って間違ってたのかなって思って。

なぜそのやり方を選んでいたのでしょうか?

強く言ってしまうと生徒から距離を取られてしまうんじゃないか、と考えていたんですね。つまるところ自分が可愛かったんだと思うんですよ。そういう風に反省する機会にもなって。そこで一皮むけて、苦しい中を切り抜けて一つ先進めたかなとは思います。

その反省を経て、現在の指導法には満足しているんでしょうか?

そうですね。実は、なるべく相手に寄り添うという部分は変わらないんです。ただ、ちゃんと指摘することへの怯えはなくなりました。保身に走って躊躇う、っていうことがなくなった。

その「寄り添う」ことを大切にしている理由はなんでしょうか?

僕自身が小学校時代に受けていたいじめが原因だと考えています。教育上必要なことであっても強い立場からものを言ったり、それによって除け者にされているような感覚を味わって欲しくないんですね。

その考え方は、一対多数で教えるより一対一で教える方が得意だという鈴木さんの資質とも繋がっていそうですね。

そうですね。教育実習のときにも、クラスに追いつけていない生徒がいるのはわかりましたし……だからといって彼らに個別の時間をとってサポートするということも十分にはできない。かなり歯痒い思いをしました。

その経験も、現在の学校教育への問題意識が芽生えるきっかけだったと。

そうですね。もちろん、そのシステムに向いている方もいるとは思うのですが、僕はそうではないと強く感じましたし、だからこそ違う道を模索していく決意が固まりました。

今、鈴木さんが最も取り組んでいきたいと考えている学校教育の課題はなんでしょうか?

教育のキャリアを歩みたいと思ったときに、「学校教員」しか選択肢に思い浮かばないことです。僕のように学校教員は合わないけど、他の教育キャリアであれば合う人が一定数いるはずだと確信しています。

その可能性を秘めているのがパラリアであり、lightfulということでしょうか?

そうですね。学校ではない、教育に従事する場所として存在感を出して、大学生がより良い教育系のキャリア選択ができるようにしたいです。

パラリアとlightful、2つの場所で何をするのか

パラリアの話をこれまで伺ってきましたが、理事を務めていらっしゃるlightfulにはどういった経緯で関わっていったのでしょうか?

教育系のイベントで、現在代表をやっている田中から当時のビジョンを聞く機会があって。パラリアの関心ごととも近しかったんです。

それで意気投合した、と。

はい。それでパラリアの代表が田中にアドバイスをして、彼女が社団法人としてlightfulを立ち上げ、僕もそのまま理事になりました。

lightfulではどのようなことを実現していこうと考えているのでしょうか?

まず、学校とは異なる教育の場を2つ掛け持って働く、という在り方を、教育を志している下の世代に見せたいというのがあります。

鈴木さんと同じように、教育には携わりたいけど学校教育は……と悩んでいる方には励みになりそうな気がしますね。

はい。それこそlightfulではそういった現役の学生に関わることも多いので、彼らに積極的にアプローチできるのは良い機会だと考えています。

二つの場所を軸に活動されるというスタイルには当然大変な部分もあると思うのですが、なぜこれまで継続できているのでしょうか?

やっぱり、組織の問題意識と自分の問題意識がシンクロしているからですね。一度、キャッシュポイントになればと思ってある事業を始めたのですが、これといった目的意識が無く、すぐダメになってしまいました。

なるほど……院に進み、学校教育とは違う教育への携わり方を模索してきたなかで、これは幸運だなと思えたエピソードなどはあるでしょうか?

そうですね。やっぱり、このパラリアの環境に辿り着けたことがとても嬉しいです。同僚の……といっても年上なんですが。今まで会ったことないタイプの人なんかと出会えたりして。彼からは色々影響を受けていますし、後にも先にもこれだけすごい人とはなかなか出会えないだろうって思えるんです。そういう存在とラフに話して、一緒に働けるということは凄く嬉しいですね。

良いですね。

それと、1年間ワーキングホリデーに行こうと考えているんですよね。そういう選択もパラリアは寛容に受け止めてくれていて、本当にありがたい環境です。

普通に学校の先生をやっていたらまず無理でしょうね。

日本から遠く離れて

今後、ワーキングホリデーに行かれるというお話でしたが、その中でパラリアやlightfulとはどのように関わっていくんでしょうか?

オンラインで集客戦略を考えて実行したり、新規事業をやるときのマーケティングを請負えたらなと思っています。ワーホリをしながらも、二つの場でこれまで通り動いていきたいなと。

なるほど。そもそもなぜワーキングホリデーに行こうと考えられたんでしょうか?

パラリアもlightfulも、自分から主体的に動いてスタートしたのではなくて、誰かに誘われたり流れに乗っての参加だったんですね。だから、主体的・自発的になにかしてみたかったんです。

ワーキングホリデーに行った先では、何をする予定なのでしょうか。

まだあまり決まっていないんです。少なくとも、海外にいつつもパラリアとlightfulとの関わりをうまく調整しつつ、自分のしたいことを進めていきたいんです。僕の今のホットワードは「自分主導で生きていく」なので(笑)

その台詞はサムネになる可能性がありますね(笑)

的を選ばず、数撃ちゃ当たる(かもしれない)

これから人生の岐路に立って、どういった選択をすれば良いのか迷っている若い世代になにか伝えたいことはありますか。

とりあえず、初めはわけもわからず動いてみる、です。結局キャリア選択は数撃ちゃ当たる理論だと思ってて。ただ、単に数撃っていけば良いのではなくて、撃っていくなかで自分が感じたことを一つずつ精査していくのが大事です。とにかく動いて、こうやると失敗なんだ、こうやると成功かもしれないと気づいていって欲しい。

具体的にこうしてみてはどうか、というのはありますか?

TwitterやFacebookで直接誰かに連絡するのも良いですし、オンラインでも何かのイベントや就職説明会に参加するとか。

鈴木さんはまさに就職説明会が運命を変えてますね。

本当に。傍から見たらなんてことのない、誰でも行くような普通の就職説明会だったんですが、僕にとってはそれが大きな転換点になりました。就職説明会なんか、ボタンを押して申し込むだけですから。どんどんボタンを押していって欲しいです。

そうはいってもなかなか動けない……という人はどうしたら良いと思いますか?

そうですね。僕もそうだったんですが、人は何かしらの「強制イベント」が来るまでなかなか動きません。ただ、そこで感じたことをきっかけに行動できると思うんですよね。その時に思い切って初めの一歩を踏み出せるかが勝負だと思います。

なるほど……しかし、がむしゃらに行動していくだけで成功体験を得られないとだんだん意気消沈していってしまいますよね。そんな中、どう考えながら動いていくと良いのでしょうか?

「総じてプラス」を目指して欲しいです。たしかに人間の行動って、その瞬間を切り取るとどちらかというとマイナスな結果になることが多いかと思います。でも色々な積み重なりのあとに全体を俯瞰すると、総合的にはプラスになっていたりもする。常に“今”プラスになる選択をしたがると、結局何も選べないという状態になってしまうんです。だからある程度の恥ずかしい思いをしたり、力不足を感じることは承知の上で、今行おうとすることに力を傾けると良いと思います。

そのためには、まずは一歩目を踏み出してみると。苦しいこともあるかもしれないけど、歩んだ軌跡を振り返った時に、「総じてプラス」であったと思える..…と考えながら行動して欲しいと。そういう方が1人でも現れたら、僕がインタビューを受けた価値があります!

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