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デジタル時代、アナログの強みをどう活かすか

経歴とプロフィール

阿久根 健

2013年7月入社。前職はHR会社の営業職でファイバーゲートを担当。現在は執行役員・経営企画本部 部長 兼 営業推進本部 部長を務める。

高橋 正太

ベンチャー企業にアルバイトとして入社後に、起業を経験。その後は大手メガベンチャーのクラウドサービスを立ち上げる。2021年より、ファイバーゲートグループに参画。BizGenesisの営業部長を務める

事業内容

レジデンスWi-Fi事業、フリーWi-Fi事業を展開しており、集合住宅の入居者が「インターネット無料使い放題」となる通信環境の提供や、観光施設や商店街、商業施設の来訪者向けにフリーWi-Fiサービスの導入をしている。

──────まず、高橋さんの経歴について伺ってもよろしいですか?

グローバルホットラインという会社に2006年に入ったんですけども、数年で潰れてしまったんですよね。それで離職書を書いたり、財務処理に追われていたら新しいところに就職するタイミングを失ってしまったんです。だから自分で会社を起こして、通信の販売代理店とかをやっていたんですけど……やっぱり安定した会社に入りたいなぁという思いがあって。

一緒に立ち上げたメンバーに会社をパスして、自分自身は大手メガベンチャーに入りました。その後2021年にファイバーゲートに移って、営業部長をやっています。

──────なるほど……色々な会社を転々とされていたということですが、高橋さんはどういった就活を経験されたのでしょうか?

実は僕、一般的な就活はしなかったんです。学生時代にテレフォンアポインターとしてアルバイトを始めて、3か月ぐらいでバイトリーダーになってそのまま社員に……という感じでしたね。

──────迷いはなかったのでしょうか?

そうですね。環境も良かったし、アポを取って褒められたりするのは嬉しかったですし。

──────その選択に関して、ご家族はどういった反応だったのでしょうか?

僕はもともとミュージシャンになりたいと思って東京に出てきていて。親からしたら、ちゃんとした会社に入ってくれただけで嬉しかったんだろうなと思います。

──────当時はどういった思いで働かれていたのでしょうか?

ミュージシャンを目指して上京してきたくらいですから、高校生頃からいわゆる“普通”からは外れちゃっていたんですね。でも、そのままじゃいけないなっていうこともわかっていて。なので、バイトとして会社に入った時はここで人生逆転したい、しなきゃいけないとやばいと思っていました。そのためには営業を学ぶしかないと思って、がむしゃらに頑張ってましたね。

──────働いていくなかで意識していることなどはありますか?

今やっているインサイドセールスでも、「アプローチ先のリストは自分で作れ」と周りに伝えているんですね。買ってきたリストは大事に使えないんですよ。自分が夜な夜な一生懸命作ったリストなら、次の日にそれを使って一生懸命電話するし、もし取れなさそうだと思っても飛ばしたりしないようになるんです。

──────若手時代の経験で、今に活かされていることってなんでしょうか?

厳しい上司のもとで働いていたんですけれど、彼は部下と家族ぐるみの付き合いをしてくれる人で。土曜日にホームパーティーに誘ってくれたり、休みの日に自分の家族と部下をディズニーランドに連れて行ってくれたりしていたんです。

そうするとやっぱり、もっと仕事を頑張ろうってなるんですよね。多少厳しいこと言われても嫌にならずに、チームとして力を合わせて行こうと思いますし。自分も部下を持つようになって、仕事が終わってからみんなでサウナに行ったりとか、土日でも一緒に飲みに行ったりとか……特に強く叱ってしまったメンバーなんかがいたら、そのメンバーだけ連れて行くとかっていうことをやっていますね。今はコロナなのでちょっと難しいですけど。

──────他に、若手時代で培ったものが現在役に立っていることって何かありますか?

役に立ったことといえば……寝ないで働いたとかですかね(笑)。一旦みんなで飲みに行って、そこから帰ってきて仕事に戻るとか……そういうのって若い時しかできないですから。そういった経験は今でも役に立っている気がします。そのときに頑張れたし、今ももっと頑張ろうという気になります。

あと、僕は嫌なことがあるとマラソンをするんですよ。5キロとか10キロとか走るとかなり苦しくなって、もう息することで精一杯になるので、嫌なこととかどうでもよくなっちゃうんですよね。その習慣も若い頃から続けています。

──────逆に、若手時代と今で変わった部分は何かありますか?

本をたくさん読むようになったんです。それもあって、マネジメントに関する考え方が変わりました。20代の頃は自分の周りのことを基本的に考えていたんですけど、30代になってくると会社全体のことを考えるようになって……事務だったり経理だったり人事だったり、会社全体として出力するにはどういったマネジメントが必要なのか、と。

──────本を読む習慣ができたきっかけはなんですか?

起業をした時、部下たちに読書感想文を書かせるようにしたんですね。メールの文章に違和感を覚えることなんかが度々あって……本から学びなさい、ということで。書いてもらったものを読んで、自分自身も本を読んでみようかなと。

──────これからの高橋さんの展望を聞かせていただきたいです。

もっとアナログの強みを活かしていきたいですね。一例をあげると、今ってコロナもあってDX(デジタルトランスフォメーション*¹)が加速している中で、圧倒的にコミュニケーションが足りなくなっていたりすると思うんですよ。

ZOOMで営業ができるようになったことは便利ですが、そもそも営業力自体が弱くて相手に伝わらなかったり、資料の準備が疎かだったりすることもあるんですね。そういうアナログな部分の力をもう一度見直したい。それを、部下や周りのメンバーにも伝えたいです。DXに頼ってしまって、そもそも地力が弱いんじゃないかということも思っていますね。

*¹ 社会やビジネス環境をデジタル技術が革新的に変化させる動き。


──────DX頼りになってしまうことの問題点を具体的に教えてください。

たとえば、契約の新規獲得はできるけど、そのアフターフォローが不十分になりがちで継続利用をしてもらうのは難しいということですね。そういう部分を改善していきたいと思っていますし、アナログの強みを活かすことでそれが可能なんじゃないかと思っています。

──────高橋さんがインターン生に求めるのはどのような人材でしょうか?

きちんと挨拶のできる人ですね。僕自身、普段から積極的にコミュニケーションを取るようにしているのですが、初めはあまり挨拶をしなかったような人でも、続けていくうちに向こうから声をかけてきてくれたりするようになるんですね。そういうことがあるととても嬉しいです。
それと、これまで何かに向かって努力してきた人が好きですね。ずっとラグビーやってましたとか、野球やってましたとか……なんでもいいんですけど、そういう人と一緒に働くのは楽しいかなと思います。

──────何かを継続してやり続けている人ということですね。逆に、入って来たインターン生をどういった存在に育てていきたいですか?

まずは、仕事をすることが楽しいと感じてくれるようにしたいです。それと、もちろんそのまま一緒に働きたいと思ってもらえたらなと。もしそうならなかったとしても、僕が「営業の師匠」……じゃないですけど、今後もお付き合いができるような関係になれるように、色々と教えたいなという風に考えています。

──────最後に、若い世代へのメッセージをお願いします。

何かを始めるのに遅すぎるということはないと思っています。とにかくどんなジャンルだったとしても、今からじゃ遅いとかそういうことは一切ないので、たとえ未経験でも今日から頑張れるということは伝えたいですね。まだ遅くない、何をやるにしても遅いってことはないんです。たとえ20代でも、30代でも、何時からでも挑戦はできるということは伝えたいですね。

──────ありがとうございます。続いて、阿久根さんへのインタビューに移らせていただきたいと思います。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

──────阿久根さんは初めに就職されたエン・ジャパンで長年勤められたあと、ファイバーゲートに入社されたということでしたが、まずその経緯を簡単に伺ってもよろしいでしょうか?

ファイバーゲートはエン・ジャパン時代の取引先だったんですが、新たにフリーWi-Fi営業部を新設するときにお誘いを頂いて、そこに立ち上げメンバーとして入ったんです。

──────現在はどのようなお仕事をされているのでしょうか?

新卒・中途の社員採用と社員育成がメインです。それにプラスして営業部にも籍を置き、僕が担当していないといけない大口の顧客を二社くらい担当しています。今入社してから8年目になるのですが、7年半くらいは営業部長として働いてきましたね。

──────阿久根さんが就活されたときのことを聞かせていただきたいです。

僕は96年に社会人になったんですね。いわゆる「就職超氷河期」と言われる時代です。そのときに現在のエン・ジャパンの前身(株式会社日本ブレーンセンター)に入社をしています。当時の就職環境から、大手企業に入るのは難しいな、と感じていたので中小企業に身を置こうと考えていたのと、経営理念が響いたというのが入社の決め手になりました。そこからいわゆるHRビジネス、新卒採用・中途採用・アルバイト採用を扱うリクルートの代理店としての仕事をずっとやっていまして、そこから17年2か月働きました。

──────入社当時はどのようなお仕事をされていたのですか?

入った当時は求人広告の営業をしていました。ガチャ切りされる電話の代表格でしたね。当時、96年はちょうど色々な物事がインターネットに場を広げていく時代で*²、エン・ジャパンもその波に乗って拡大していくわけです。2001年にはエン・ジャパンも上場します。

*² この前年に「Windows95」が発売され、インターネット利用が爆発的に普及、1995年は後に「インターネット元年」と呼ばれる。

入社当時は従業員100人、売上30億くらいの会社だったのが、10年もたつと1200人、300億くらいに成長していました。その時は横浜支社長をしていたのですが、そこでリーマンショックが起こるんです。*³

*³ アメリカの投資銀行、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの経営破綻によって起こった世界的な金融危機。

その結果、300億だった売上が144億になり、1200人の社員を900人に減らすことになりました。300人の大規模リストラです。ちょうど僕はその頃人事に移っていて、辛い思いをしましたね。

──────壮絶ですね……。

当時、巷では「内定切り」というのがあって。既に内定を出した就活生に「人員計画が変わったので内定を取り消したい。迷惑をかけた分100万円支払う。」というケースもあったんです。人事から電話がかかってきた当時の内定者は「まさか!内定切りか!?」と不安に駆られたと思います。

そのことが自分としては強烈なトラウマとして残ったんですね。で、HRビジネスって波があるんだなってことを痛烈に実感して、安定したビジネスモデルがあることの大事さを痛感しました。それで通信とか不動産、あと駐車場とか、いわゆるランニングビジネスに興味が出て、次なにかやるならそういうものかなぁと思いつつ転職を意識し始めました。

──────その思いからファイバーゲートに移るんですね。

しばらくはそのままエン・ジャパンで仕事をするのですが、新卒社員の育成担当を1年やり終えたタイミングを転機と捉え、興味を持った会社に声掛けさせていただく中でファイバーゲートへの入社を決めました。

それが2013年の7月だったんですが、ラッキーなことに2ヶ月後の9月に東京オリンピックが決まったんですね。そしたら年間900万人くらいだった訪日外国人観光客が、最大で年間3200万人くらいにまでガーっと増えていくんです。そうすると彼らを受け入れる環境整備が必要になってくると。その1つにフリーWi-Fi環境を整備するというのがあって、ファイバーゲートもそこの波に乗ることが出来たんです。

──────なるほど……ファイバーゲートに入ってから苦労したことや楽しかったことのエピソードを教えていただきたいです。

僕らがやってるフリーWi-Fi事業とレジデンスWi-Fi事業とではそれぞれライバルが違っているんですね。前者は世の中の喫茶店とかチェーン店とかに対して営業をするんですけど、この時のライバルってNTTなんです。思い返せばHRビジネスをやっていたエン・ジャパン時代もライバルだったのはリクルートという大企業だったんですが、NTTとファイバーゲートではもっと差がある。

うちは本社が札幌にあるから、札幌から網走に五時間走るバスとかそういう長距離バスの中のWi-Fi整備をしたり、各観光地にWi-Fiを敷いたりということをしたんだけど、いずれにしてもライバルが全部NTTだから、そこと営業がバッティングしたときなんかはやっぱり苦労しましたね。

──────そんな超大手に対してどうやって対抗していったんでしょうか?

人間力というか、アナログな部分ですね。たとえば東北海道の観光をまとめているようなグループのキーマンがいたんですが、彼は関西人で。それで自分も大阪の人間なので、同じ正月のタイミングで地元にいると聞いたら会いにいってみたり……とかそういう泥臭い営業をしてました。

そういう積み重ねをするうちに「まぁ同じWi-Fiだったらお前のとこでやるわ」と言ってもらえたり……そういうのはしんどかったですけど、面白かったですね。NTTみたいな圧倒的ナンバーワン企業を相手取ったときに自分に何ができるか。ってことを考えて動くっていうのは。

あと、それまで自分は法人営業はやったことがあっても自治体営業はやったことが無かったんです。そういう新たなマーケットへの営業ができたというのも良い体験でしたね。

──────エン・ジャパンのときに培ったものがファイバーゲートで活かされているなと感じることは何かありますか?

やっぱり41歳で転職するとき周りは結構驚いてたんですよ。自分でいうのもおかしいけど、Mr.エン・ジャパンみたいな扱いの1人でもあったし(笑)「まさか阿久根さんがやめるなんて」みたいな感じになって。

それでも僕が辞められるな、と思ったのは「エン・ジャパンであれだけやったんだから、外に出てもやっていけるだろう」っていう自信がついていたからなんですね。その自信はやっぱりエン・ジャパンの時の業務量に裏付けられたもので。自分の能力が特別高いとは思わないけれど、まぁあれだけできたのだからやれないことはないだろうと。それで転職を決意できたんです。

僕は38歳で結婚していて、転職当時は1歳になる子供もいたんですけど、そのタイミングで17年務めてきた会社を辞めるってそれだけ聞いたら無謀な話だと思うんですよ。でも、それでも辞める決断できたのは、それまでのエン・ジャパンで積み重ねたものがあったからなんですよね。エン・ジャパンは自分にとって、そんな自信を得られるほど鍛えてもらえる環境でした。

あとはさっきも言ったんですけど、エン・ジャパンのときはリクルート、ファイバーゲートに入ってからはNTTという大きなライバルがいて……「知名度のない商材を、圧倒的な知名度のある相手と競いながら売っていく」っていう経験を既にしていたことも役に立った気がします。そういう仕事をする運命なんじゃないかって思いますね(笑)

──────若い世代についてなにか思っていることはありますか?

さすがデジタルネイティブというか、物を調べるのがめっちゃ早くて良いなぁと思いますね。情報を持ってくることに関して、若い人の方が上手いし早い。僕らとは25年くらい離れてると思うけど、彼らは知識量や興味の幅も広いし、SNSの発達なんかで社会との距離が今の子はすごく近くなっている。早い段階で社会に触れることができて、特に感度の良い人たちなんかはすごく成長も早い。

──────「社会との距離が近い」ということを具体的にそれを感じたエピソードはありますか?

だって、あなた(インタビュアー。現在大学三年生。)みたいな形で今ここでこうやって仕事してるみたいなことも僕らの時代は想像できなかったですよ。

──────確かに……そうですね。

出来なくはなかったと思うんですけど、やっぱりそういうきっかけをネットで探せるような環境もなかったし。今でももちろんそういったチャンスを使う人と使わない人がいるけど、使えば使うだけ有利ですよね。

──────自分も改めて実感しました。そのうえで、ファイバーゲートで今お話いただいたような世代のインターン生を採用する際に、どういった方に入ってきてほしいというイメージはありますか?

何か挑戦してみたいっていう気持ちがあるけど、でも本当に大丈夫かなという不安を同時に持っている。そういう人にこそ来てほしいですかね。ファイバーゲートに来てもらって、大丈夫、できるよってことを教えたいから。

「自分はきっとできる!」という自信のある人は別にうちの会社じゃなくても良いと思っていて。一歩踏み出すことを迷っている人にこそ、うちに来てほしいかなと思いますね。

──────それはインターン志望の学生としては非常に安心できる言葉だと思います。

会社としても、ファイバーゲートは面倒見が良い人が多いんです。だから、自分はどこでもやれるよっていう勝気な人は他のところに行ってもらって、不安だけど大丈夫かなって人にこそうちに来て欲しい。

──────では、阿久根さんの個人的な展望、将来この先どうなっていきたいかというのを伺ってもよろしいですか?

僕のやっている、今の言葉で言うCHRO、ファイバーゲートの人事全体をやるっていうミッションが始まって1年半くらい経ってるんで、勝手なイメージですが5年くらいで一通りの形を作りたいなと。戦略人事とか育成体系とか、そういうものを作っていきたい。さらにそれを評価制度なんかとも連動させていくっていう整備をやっていきたいなと。55歳が役職定年で、僕はあと6年なんですよ。そのとき後任にバトンタッチできるようにしておくと。なんならその時に会社もやめるっていうのもありだし。そういった時期にしたいなと思ってますね。

あと僕は基本ずっと働いていたいと思っているので、リタイアとかは考えていなくて。また副業として営業とか、HR事業とかをやってもよいし、それともう一つ、地域社会での仕事というのも考えています。子供ができるとそうなるんだけど、地元に興味が出てくるんですね。地域のコミュニティに入ったり、選挙なんかも手伝ったりして。

僕は大阪の人間なんで、今住んでいるのは駅に近いってだけで選んだ場所なんだけど、その地域で何かできたらなと思っています。だから将来のビジョンとしては、まず事業としてファイバーゲートの中ではさっき話したようなミッションをこなしつつ、違う会社でも副業で何か役に立てそうであればやったらいいし、それに加えて地域社会で何かやってみたいですね。

──────最後に、これまでも何度か若い世代について伺ったかと思うんですが、この記事を読んだ学生や就活生……キャリアを模索している彼らに何かメッセージをお願いできますか。

上の世代っていうのはどの時代も下の世代を否定しがちなんだけど、この時代の若い世代のポテンシャルってのは圧倒的に高いと思ってて。たとえば大谷翔平選手とか、スポーツなんかでも世界で戦える若い人材が増えてると思うんですね。

ビジネスの世界にもそれが確かにそれがあって、メディアがあまり取り上げていないから脚光を浴びていないだけで着実に起こっているはずなんです。今の20代っていうのはかつての20代より確実に力をつけていて、社会に対する影響力を行使する力があります。そのことに自信を持って欲しいです。若い人って凄いなって思いますよ。

   

デジタルトランスフォーメーションが加速する現代ではスピーディなリサーチ力や社会との距離を縮めるチャンスを得やすくなり、そして標準になりつつあります。であれば、アナログな能力の底上げをどこまで出来るかが周囲との差をつける上で重要になってくるのではないでしょうか。今こそアナログの強みを活かしたいと語る高橋さんと、かつて、まさにアナログの強みを活かして超大手ライバルとしのぎを削り、そして今デジタルネイティブ世代の可能性への期待を語る阿久根さん。お二人の話からそのヒントが見えたような気がします。

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